宜野湾の普天間宮

琉球八社のひとつです。

女神の伝説が残っている神社です。
普天間宮全景
  日本の他県の神社仏閣が、神道の神様と仏教の菩薩、明王、如来が混ざって祭られている所が多いように、沖縄の神社も日本が支配していた頃の影響で、旧来から祭られていた琉球古来の神の存在が薄れているようです。
 ここ琉球八社のひとつである普天間宮は、まず熊野権現、そしていざなみの尊や天照大神が祭られていますが、琉球古神道の竜宮神、普天間女神などもしっかりと祭られています。 

  戦火のあと昭和24年に再建された本殿は、 2007年に改修されてりっぱになっています。 本殿裏手にある鍾乳洞、そこにいたる通路もきれいに整備されていました。10時より17時まで、正月など神社の都合が悪くないときには拝観可能。
  本堂裏から いくつかの鍵のかかった扉を開けて進むと、鍾乳洞の入り口に着きます。
ここは、普天間女神の伝説の舞台となった所で、 普天間宮略記に載っていた伝説を下記に載せておきます。
 このほかにも、普天間仙人の話なども伝わっていて、なかなか霊験のある神社のようで、お正月の初詣、七五三などは人で賑わい、普段でもお祈りに来ている人がいます。

 沖縄に来たついでに、大切なお願いをしてみたらよいかも知れませんね。

交通 那覇空港から約23.5km
北中城ICより約1.6km. 約3分
料金 無料
利用時間 通常 9:30〜18:00
駐車場 有り
住所
問合先
宜野湾市普天間1-27-10
098-892-3344


より大きな地図で 普天間宮 を表示
普天間宮で祈る人
普天間鍾乳洞へと続く廊下普天間宮洞窟への入口普天間宮洞窟内部普天間宮洞窟に祀られている神々
普天満女神の由来
  昔、首里の桃原というところに、世にも美しいひとりの乙女が住んでおりました。
優しく気品に満ちたその容姿が人々の評判となって、首里はもとより島の津々浦々まで噂となりましたが、不思議なことに誰ひとりその乙女を見た人はいないのです。
いつも家にこもりきりで機織りにせいをだし、外出もせず他人には決してその美しい顔を見せません。
神秘的な噂に憧れて、村の若者達は乙女に熱い想いを寄せておりました。

  ある夕方乙女は少し疲れてまどろむうち、夢とも現ともなく荒波にもまれた父と兄が、目の前で溺れそうになっている情景がありありと見えました。
数日前、父と兄や船子たちを乗せた船は、大勢の人に見送られ出帆していったのです。
乙女は驚いて父と兄を必死で助けようとしましたが、片手で兄を抱き、父の方へ手を伸ばした瞬間、部屋に入ってきた母にわが名を呼ばれてハッと我に返り、父を掴んでいた手を思わず放してしまいました。
 幾日か過ぎて、遭難の悲報とともに兄は奇跡的に生還しましたが、父はとうとう還りませんでした。

 乙女の妹は既に嫁いでおりましたが、ある日夫が
「お前の姉様は大そう美人だと噂が高いが、誰にも顔を見せないそうだね。私は義理の弟だから他人ではない。一目でいいからぜひ会わせてくれないか。」 と頼みました。
  しばらく考えた妹は 「姉はきっと会うのを断わるでしょう。  でも方法がひとつあります。  私が姉様の部屋にいってあいさつをしますから、そのとき何気なく覗きなさい。 決して中に入ってはいけませんよ。」
と答えました。
 乙女はいつものように機織りの支度をしていましたが、その美しい顔に何となく愁いが見えます。
 神様が夢で自分に難破を知らせて下さったのに、 父や船子 たちを救うことができなかった悲しさが、乙女の心の糸車に 幾重にも巻きついて放れないのです。 旅人や漁師の平安をひたすら神に祈り続ける毎日でした。 
「姉様しばらくでございます!」
妹の声に振り向いた乙女は、障子の陰から妹の夫が覗い
ているのを見つけ、途端に乙女は逃げるように家をとびだしました。
末吉の森を抜け山を越え飛ぶように普天満の丘に向かう
乙女に、風は舞い樹々はざわめき、乙女の踏んだ草はひら
草(オオバコ)になってなびき伏しました。
  乙女は次第に清らかな神々しい姿に変わり、普天間の
鍾乳洞に吸い込まれるように入って行きました。
そしてもう再び乙女の姿を見た人はありません。  
  現身の姿を消した乙女は、普天満宮の永遠の女神となったのです。

Copyright (C) Okinawa information IMA All Rights Reserved   更新: 2012年4月3日