首里城近くの琉潭池と道路を隔てた所に建っているのがこれからお話しする沖縄県立博物館です。
前身は昭和11年に旧首里城北殿をつかって作られた郷土博物館で、先の大戦で焼失してからは石川市東恩納に県内有志と米軍の協力で作られた「沖縄陳列館」が第一歩だったようです。
このあたりの事は、次のページで詳しく述べようと思いますが、その建物自体が沖縄の戦後の歴史をあらわしているかのような風格が感じられます。
何回か来ているのですが、これで多分見納めになると思い、3月29日に行ってきました。
感謝企画ということで、入場料も無料。今までに来た時よりも入館している人の数も多く感じられます。



館内は大きく歴史、民俗、自然、美術などに分かれていて、静かな環境で見ることができます。
正面から入ると、ロビーの突き当たりに大型の首里城の模型が飾られ、その精巧さに圧倒されます。
個人的に興味がある歴史のコーナーには、港川原人からの資料が展示されていて、そのすぐ傍に縄文時代後期のつぼが展示されていました。
左の写真だと少し解りにくいかと思いますが、縄文土器とは思えないくらい洗練された滑らかなデザインで、少し絞り込まれた口に四角形の張り出した口が付けられています。
そして、これもその近くに、沖縄のロゼッタストーンと呼ばれている北谷、読谷あたりから発掘された、年代不明の線刻文字状のものが刻まれた石板が数点展示されていました。
勿論これが古琉球の文字であると結論付けるのは乱暴ですが、一部には明らかに数字を示していると思われるマークもあり、何らかの意味を持った記号が刻まれていると思われます。
沖縄がムー大陸だったと断定する気は毛頭有りませんが、これからも真剣に調べられて良い資料の一つだと以前から考えております。
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