ひめゆり平和祈念資料館

ひめゆりの塔

戦争、教育、生命そして人間について考えさせられる施設です。
まず、このページはひめゆり平和祈念資料館さんの市販されている資料、そしてその中の写真を了承を得て参照、転載させていただいている部分があることをおことわりしておきます。
細かい内容はオフィシャルサイトにて詳しく書かれておりますのでそちらもご参照ください。
 南部の幹線道路331号線を走っていると、何もなかった両側に大型バスも収容できる無料駐車場を備えたお土産やさんが何軒か軒を並べています。
  その中ほど、いつも塔に供える花束を販売している店を出しているところを入ると、ひめゆり平和祈念資料館です。よく学生の修学旅行などの団体が、粒のそろった砂利を敷かれた敷地内を神妙な顔をしてバスガイドさんの後を並んで付いていく光景が見られます。ひめゆりの塔
戦前の沖縄の女学生
戦時中の沖縄の女学生
ひめゆり平和祈念資料館正面

 要約すると、沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の女子学生が、1945年3月23日南風原の沖縄陸軍病院に配属されてひめゆり部隊と呼ばれ、勤労奉仕という形で看護、死体埋葬などの作業を手伝う中、同4月1日にはアメリカ軍が沖縄本島にも上陸。5月には南部にも戦線が迫ってきて彼女たちは日本軍とともに陸軍病院を出て、本島南端部に向かい砲爆撃の続く中で 6月18日には突然の解散命令で戦場の真っ只中に放置され、逃げ惑い、動員された教師・学徒240人中136人が亡くなるという悲惨な事実を後世に伝え、 平和であることの大切さを訴え続けることこと亡くなった学友・教師の鎮魂のために戦後早い時期に作られたひめゆりの塔のそばに作られた資料館です。

館内には当時の様子を再現した壕、多くの人々が死んでいったリアルな様子も書かれている生徒達の手記など、戦争がどのようにして始まり、どのようなものなのかを後世に平和への祈りと共に伝えてくれています。
特筆できるのは、部隊にいて幸運にも生き残った方々が来館者にじかに話を聞かせてくださっているという点。彼らの話は、何よりも説得力があり、当時の様子が目に浮かぶようです。
私が一番心配なのは、教育という言う一点です。
 北朝鮮の国内事情の報道を見ると、国外社会を知らされずに偏った教育を受けた子供達が、首領様万歳と皆同じような作り笑顔で歌を歌ったりしている様子を見るにつけ、戦前の報道統制された中で天皇陛下万歳と叫び、国のために死ぬ事を愛国心と思い込むような皇国史観を徹底させた教育がだぶって見えてしまうのは私だけでしょうか。
 時代は変わり、平和といわれている現在、教科書では検定により第二次世界大戦における日本の責任を軽視するような方向性が感じられ、平和憲法を改正、その中に国を愛する心という当然の事を明文化し、報道の自由も限定的ながら規制するという方向性が見られるような気がします。
戦争とはどのようなものなのか、私達に何をもたらすものなのか。
 軍靴の足音が遠くのほうから近づいてきそうな今の世の中、戦争を知らない多くの世代の方々に時間を取って立ち寄ってほしい施設です。

関連情報 : 平和祈念公園
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