どうやって沖縄に住んだか

私が沖縄に住み着いた理由

良く私についてメールでご質問いただきますので、そのあたりの回答のつもりです。

 東京に住んでいたときから、海が好きでした。
なぜかと聞かれても困るのですが、海で遊んでいると、とても心が安らぎほっとするからだったかもしれません。
 だから、学生時代から夏休みになると、あの辺できれいな海のある南伊豆に良く通いました。
爪木崎、波勝、入間、海がきれいと思われる所は、回ってみました。南紀や南予も行って見ました。
社会人になってからは、皆が良く行くような海外にも行って見ました。でも海は今ひとつ。



ある年に沖縄に行く機会があり、沖縄の海ってきれいだって言うけど本当の所はどんなだろうと、半信半疑で行きましたが、慶良間の海に行ってかなりのカルチャーショックを受けました。
 内地では、海がきれいだと底の方まで見透せると言う感覚を持っていましたが、なんと慶良間の海は、横方向にずっと見えるのです。
水を感じさせない透明度。
そして、人懐こくよってくる魚達。
色とりどりの珊瑚の群生。

それからは、毎年のように沖縄に通いました。
那覇に泊まって、慶良間に船で行く。そんなお決まりのパターンで楽しんでいました。

でも、悩みも有りました。 高い航空運賃。休みをまとめて取れない環境。
  そんな時に、波上宮あたりを散歩していたら「カメラマン募集」のPOPが目につき、次の日に早速行って見たら、「なるべく早く来なさい。」と言ってもらえたので、住まいを捜し、その2ヵ月後に家族全員で引越して来て、今まで住着いている次第です。
 その後、機会がありブライダルエージェントをカメラマンと兼業でやるようになりましたが、現在はそれも辞めて学習塾の講師をやりながら写真もたまに撮影しております。
結構、沖縄快適です。でも、悲しいナイチャ−の性で、ばたばた過ごす事も多い毎日です。
もうやがて15年になります。なんだか、自分はここで生まれ育ったような気もしてきました。

なぜナイチャー小林なのか

 まず、なぜナイチャーなのかと言う事から。
ナイチャーとは沖縄方言で内地の人間を指して言う言葉です。 以前は余り良い言い方ではありませんでした。たとえばアメリカ人をヤンキーと呼ぶような意味合いがあります。でも、今は丁寧に他県の人間をさす言葉のヤマトンチュが余り使われなくなり、単に沖縄県以外の日本人をさす時に使われているようです。
沖縄県人(ウチナンチュー)とは違ったスタンスで沖縄を見つづけたい。ここで生まれた人達の事も尊重して行きたい。そんな思いもあります。
というような事で、ハンドルネームの一部にしております。
 なかには、私の事を女性と考えていらっしゃる方もおいでですが、男です。

職業:カメラマン・学習塾教師。色々やっています。
趣味:読書・映画・海・宗教・コンピューター・最近陶芸を初めました。
身長:172 体重:65 何とかダイエットもできて、リバウンドにおびえる昨今です(^^ゞ


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