沖縄の海底遺跡(4)

エピローグ

与那国から始まった海底遺跡に関するサイト内の情報をご覧になりやすいように 一括してまとめました。今後も内容は増やしていきます。(サイト内他ページと内容が重複する部分があります。)

締めくくり的にまとめるなら、
この琉球弧が、2〜3千年から数万年くらい昔に今よりもっと隆起していたとしたら、歴史が、そして地学が改められなくてはいけなくなるでしょう。

 現在の学問では、そのころの日本では、まだまだ石器を使っていたり、やっと土器を作り始めたりしていたと教えています。
その人々が、あのような大きな石組をどうやって作ったか、何のためにそんな作業が必要だったかミステリーです。

 しかし、先史時代の巨石文明は世界各地に点在していて、学者たちを困らせています。
ポナペ島のナンマタール遺跡、グアムのラットストーン、そして、沖縄海底の遺跡。

きっと元は同じ文明のものだったのでは無いでしょうか。これらが何のために誰が作ったかは永遠のなぞかもしれません。

 たとえば、今の文明が何らかの理由で滅びたとき、数千年後の人たちが発見しても何だかわからないのと同じように・・・。

 太平洋岸に有る各島々の石造遺跡との関連性も、それらの神話の共通性と共に研究されるべき課題ではないかなーと思うのですが…。

END


琉球では、南の海のずっと向こうに、ニライカナイと言う理想郷があると信じられてきていました。
与那国にも同じような伝説がハイドナンと名前を変え、波照間島にはハイパテルマと言う名前でと言うように、南の海の向こうにある理想郷が語り継がれています。 

 その波照間では、ある年飢饉で食事にも事を欠き、小さな集落の人たちが そのハイパテルマ伝説を信じて、皆で小さな船に乗り込み、どこまでも荒い波のうねる大海原を南に向かいました。 

でも、彼等はきっとハイパテルマにたどり着いたに違いありません・・・だって…
 

2005年11月加筆修正

注:ポピ族の件に関しましては、日本ペトログラフ協会会長、国際岩石芸術学会連合IFRAO日本代表・吉田信啓様の本を参考にさせていただいております。「海底のオーパーツ」二見書房.。作者は南山宏氏 「与那国海底にムー文明の巨大遺跡を発見した。」たま出版。著者は坂口拓史氏。以上の本を各社の了解を戴き参考にさせていただきました。
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