宜野湾市の嘉数高台にある展望台。
公園の階段を登っていくと、地球儀を割ったような展望台にたどり着きます。
この地は今では公園になっていますが、大戦の時には激戦地でした。
南下をする米軍に対して、初めて本格的な抵抗が試みられた場所です。
4月8日、日本軍がトーチカを築いて米軍を待ち受けたために、米軍も少しづつ前進するのがやっとで、大勢の戦死者を出しながら一進一退が続き、数日後には米軍も一時攻撃を中止。
体勢を立て直して再度総攻撃を仕掛けて、戦闘開始から16日後に、日本軍がここを明け渡すことになりました。
この間戦死傷者はアメリカ軍2万6千人、日本軍6万4千人あまり(各人数については諸説が有ります)。 多数の尊い命がこの地周辺で失われてしまいました。 勿論、沖縄に住む民間人も、この戦いの中で日本軍に避難を許されずに巻き添えになり、多くの方々が死んでいきました。
今は平和な公園になっています。
子供と一緒の家族が、楽しそうに遊んでいます。
カップルも幸せそうに語らっています。

この平和は、大戦で死んだ多くの兵士達の命の上に成り立っているんだと言うことを思いおこさせてくれるのは、ここの由来を書いてある碑文す。
そして、ここには当事の激戦の跡を思わせる、銃弾の跡も生なましいトーチかも保存されています。
そしてこの展望台からは、宜野湾周辺の気色が見渡せ、現在も戦争への前線基地となっている普天間飛行場の全景を見ることができる場所としても有名です。
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2012年2月17日