
その何日かの間に、集団死という悲惨な出来事が起こりました。
慶良間には太平洋戦争開戦以降日本兵が駐留し、特攻艇の基地をいくつか作り米軍の来襲に備えていたのですが、実際には特攻艇は機能できませんでした。当時は皇民化教育が徹底され、島民は日本兵に協力していたようで、「鬼畜米英であるから、アメリカ軍につかまれば女は犯されてから殺され、男はなぶり殺しにされる。」という考えが徹底していて、米軍が上陸してきて日本兵の抵抗も米軍の前には無力だということを目にした人々は、何箇所かに集まり、手榴弾、刃物、縄などで家族を殺し、自ら命を絶っていきました。
その人数は渡嘉敷、座間味の両村合わせて700人を超えたといわれています。
この問題に関しては、以前日本軍の自決強要があったか否かが問題になったことが有りますが、それはこの事実の前に大した意味は成さないと私は考えますので、ここで細かな事実関係に触れるつもりはありません。
一番大切なのは、その事実です。
偏向教育、誤った情報が彼らを死に追いやったことは紛れも無い事実だと思うからで、報道、教科書検定、情報統制などの影が見え始めている昨今、彼らの死を無駄にせず同じ悲劇を繰り返さないためにも、我々一人一人がしっかりとした平和、そして自由への理念に基づいて社会、とりわけ政治を注視していかなくてはいけないと思います。
憲法第12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない…以下略
1945年8月に米軍は部落代表を招集して戦後初の列島自治制施行を布告し列島議員の選挙と列島長の選挙を施行して住民の治安が維持されました。翌年4月には同制度も廃止になり、5月村長と村政委員が任命されて行政組織が整えられはじめます。
1948年、新選挙法による村長、議会議員の選挙が行なわれて7月には市町村制が公布されてやっと本格的に自治が確立し現在に至っています。