沖縄観光・沖縄情報IMAメルマガ・55

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.・.*・.  沖縄最新情報 I M A .     Vol.55 2000.8.23
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       沖縄情報IMA http://www.okinawainfo.net/

最近、サイトのサーバーがダウンする事が多いので、下記にもミラーサイ
トを作りました。ダウンしているときには、こちらをご利用ください。
     ★★★http://members.tripod.co.jp/okinawaima/ ★★★
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           今 回 の お 題 目

■津堅島に行ってきました。
□安座間ビーチは広かった。
■沖縄の歴史(10)
□お勧めサイト
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■津堅島に行ってきました。

 勝連半島の先にある平敷屋港からちょっとしゃれた高速連絡船に乗ると
10分くらいで港につきました。
最近キャロットアイランドと言う横文字で売り出している津堅島に到着で
す。船を下りると、沖縄の懐かしい田舎の風景が広がっています。
港の正面に待合室の建物が有り、道は左に続いているので道なりに歩いて
みました。ちょうどお盆の最中なので、いっしょに降りた何人かの人達は
私の前を並んで自分の本家を目指してもくもくと歩いていました。
すれ違う車も少ないのですが、皆、ナンバーがついていないのでちょっと
驚きました。以前、久高島に行ったとき、ここは治外法権なのかと思って
驚いた事を思い出します。
左の森の中の遊歩道に入っていくと、人があまり歩いた形跡がなく、荒れ
たままになっていました。やがて眼下に海が広がり、海岸に降りると数人
の島に人達が、岩場のちょっと入り組んだ所で山羊を解体していました。
きっとお盆の食卓に上がるご馳走なのでしょう。
がんばって歩きつづけて30分、ビーチが見えてきて人の気配もしてきま
した。
オジーにあったので島の海の様子を聞いてみた所、このビーチは先日の台
風で大分様子が変わったとの事。海の透明度も今ひとつでした。

「ミーニシ(北風)が吹けば又元に戻るんだが…。」

そんな話をしながら、神谷さんと言う民宿の食堂で一休みし、氷を食べて
元気を回復し、ビーチの反対側の海岸に出るべく歩き始めました。

島の中央部は何も植わっていない畑が延々と続いています。
強烈な陽射しに地面はひび割れていて、何か殺伐とした雰囲気。
やがてわかりにくい道を抜けて海岸に出ると、沖縄に良くある遠浅すぎる
ビーチが広がっていました。
遠くの方で、リーフの切れ目で波が砕けるゴーゴーと言う音が絶え間なく
聞こえてきます。
その広い海岸にいるのは、私たちだけ。
のんびりは出来ましたが、泳いでみた所、感激するような海の透明度はあ
りませんでした。
でも、ちょっと昔の沖縄を実感できる島でした。

写真は以下に掲載しております。
http://www.okinawainfo.net/tuken.htm

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□安座間ビーチは広かった。

 南部の知念村にできた、安座間ビーチ。那覇から車で40分くらいでつ
きます。完成してからは、初めて行ってきました。
他のこの手のビーチに比べてとにかく広い!
サンセットビーチの2倍くらいに感じます。
しかし、遊泳エリアがやけに狭く設定してあり、その上透明度も低い!
もちろんシュノーケリング禁止。と言う事で海中を楽しむ所ではないけど、
施設の充実度は優秀。屋根と椅子がセットになった休憩所が何箇所もあり、
快適な日陰を提供してくれます。
知念海洋レジャーセンターと隣接しており、水中観光船とかの利用も便利。
ということで、色々な使い道がありそうなビーチです。

http://www.okinawainfo.net/azama.htm
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□沖縄の歴史(10)

 1588年、30歳の若さで尚永王がなくなったことをついで、翌年に
尚寧王が26歳で即位。7代目に当たります。
日本では豊臣秀吉が政権を把握。1591年には朝鮮出兵が決まり、薩摩
藩を通して琉球にも兵士の食料を出すようにとの要請がなされました。
琉球王朝では、これにどう対応するかを模索していたが、謝名親方がこれ
に順ずる事を強行に反対しました。このようにして時間が過ぎ、薩摩藩側
からは催促の連絡が来たりしていました。

このへんの事は、NHKドラマ「琉球の風」が、わりと史実に忠実に物語
として見せてくれています。レンタルビデオで見つけたら、一度ご覧下さ
い。

進貢船に乗っていた野国が、サツマイモの苗を持ち帰り、琉球でも根付か
せたのもこの頃の事です。

日本では、政権が徳川幕府に変わっていました。
1609年、薩摩の島津家久から、尚寧王あてに家康に臣下の礼を尽くし
に来るようにと言う書状が届きましたが、しかし、この返事に王は即応で
きかねていました。
3月、薩摩の軍勢が今帰仁の浜に上陸。
琉球王朝は大した抵抗も出来ないまま、首里城に迫られて4月4日には従
者百余名とともに首里城を後にして薩摩、江戸へと謝罪の旅に出る事にな
ります。

以下は次号にて。

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■お勧めサイト

 面白いサイトを見つかました。
コザに抱かれて眠りたい・・・zzz
http://www2u.biglobe.ne.jp/~torasan/

コザの安ホテル、アパート、人となりなどを面白くつづったサイトです。
最近、小林はちょっとお気に入りです。
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編集後記

 お盆の休みに津堅島、その他を回りました。ビーチのお勧めランクも
少々評価換えをしております。このページ写真を多用しているので、結構
重くなってしまいますが、一覧性も必要と考えまして現在のようにしてい
ます。なんか良い方法はないかなー。

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発行責任者:ナイチャー小林 sai@nirai.ne.jp メール歓迎!

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