沖縄観光・沖縄情報IMAメルマガ・56

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.・.*・.  沖縄最新情報 I M A .     Vol.56 2000.9.05
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.*・. *・  *・ . sai@nirai.ne.jp. *・ ..・* .   ・*

       沖縄情報IMA http://www.okinawainfo.net/

最近、サイトのサーバーがダウンする事が多いので、下記にもミラーサイ
トを作りました。ダウンしているときには、こちらをご利用ください。
     ★★★http://members.tripod.co.jp/okinawaima/ ★★★
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           今 回 の お 題 目

■コマカ島の海は結構透明。
□座間味、渡嘉敷、阿嘉の三島について。
■沖縄の歴史(11)
□私も買って読んだ「コザにだかれて眠りたい」
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■コマカ島の海は結構透明。

 本島南部の知念海洋レジャーセンターで2500円也を支払うと、
「こちらから乗船してください。」
と小さな船に案内されます。40馬力の船外機を積んだ船が、すぐに出発。
10分くらいで海の色が紺からエメラルドグリーンに変わると、すぐに到
着。ひざくらいまで海に使って上陸です。
本当に無人島なのですが、日曜日なのでスタッフが数人常駐しているよう
です。パラソルを広げ、すぐに海に入ってみると海水の透明度が慶良間の
海に近い!推定で30M位ありそうです。
でも、残念な事にサンゴは壊滅状態。元気なサンゴは見ることが出来ませ
んでしたが、魚は結構いっぱいいました。なれていて、泳いでいると餌を
期待して後をついてきます。一回り泳いでもそんなに時間がかからない小
さな島ですが、那覇から近い事、帰りの時間も自由に設定できるので、ス
ケジュールの合間に行くにはお勧めの海だと思うんだけど。
私は、半村良の「虚空蔵の秘密」と言う単行本を持っていって本を読んだ
り、泳いだりしてゆっくりすごしてきました。
写真を含めて、
http://www.okinawainfo.net/komaka.htm
に詳しく掲載させていただいています。

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□座間味、渡嘉敷、阿嘉の三島について。

 よく、綺麗な海が体験したいけど慶良間が綺麗な事はわかっているけど
どこに行ったら一番楽しめる?と言うご質問を頂戴します。
時間が無い、初めてとか言うときには、ロケーションの便利な渡嘉敷をお
勧めしていますが、後は本当に好みの問題。海はそのときのコンデション
にもよりますが、どこでも綺麗です。
一般的に、皆が感じるであろう印象について少しお話しておくと、一言で
言って、渡嘉敷は多少ローカルな印象を残しているビーチ。
座間味は、ちょっと洗練された雰囲気をもっているビーチ。
阿嘉は静かなビーチ。
こんな印象です。慶留間はとおっただけで泳いでいないので不明です。

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□沖縄の歴史(11)

 1661年謝名親方は、薩摩で斬首の刑に処せられますが、尚寧王はそ
の一向とともに沖縄に帰ってきます。それからは薩摩藩の琉球に対する干
渉が厳しくなり、王に対しても掟15条と言う誓約書を渡され、それに従
うよう強制させられます。尚寧王は、耐えて内政を充実し琉球国の再建復
興を図るための政策を実行していきます。
1620年、尚寧王は57歳で他界します。
遺言で自分は薩摩に敗れた王だから、歴代の墓地たる玉陵に入ることは遠
慮したい。出来る事なら浦添にある英祖王の墓の横にでも葬るようにと言
い残しました。
歴代で一番波乱にとんだ人生を送った王かもしれません。
玉陵(タマウドゥン)の写真は下記にあります。
http://www.okinawainfo.net/kankousyuri.htm

翌年、尚永王の弟の子供、尚豊が王位を継ぎます。彼も、内政の整備に力
を注ぐ政策を実行していきます。この頃に、さとうきびから黒砂糖を作る
産業が盛んになり、薩摩からの圧迫で苦しかった財政事情を助ける働きを
しました。さとうきびは、現在にいたるまで沖縄の産品として生産されつ
づけています。
(さとうきびの事を沖縄ではウージーと呼んでいて、那覇の街でさえ空き
地にウージー畑が散見されます。市外を離れると、あちこちがウージー畑。
県の特産品として生産されています。)

次の王は尚賢王でしたが、24歳にて他界してしまいます。
そして、10代目の王は尚質が継ぐ事になります。

彼の代に、琉球初の正史、中山世鑑がつくられました。当時、羽地按司に
なっていた向象賢(本名:朝秀)が主になって資料の収集をし、作成した
と言われています。王家の系統を明らかにする事により、政権の維持を考
えたために真実と異なる事もかかれている点は、古事記、日本書紀と共通
していて、その奥の真実を考えると、なかなか興味深い物があります。
1662年、後に北谷事件と呼ばれる事件が起こります。
清国に対する貢物を載せた船が、暴風雨にあって何とか港に入りましたが、
この騒動の中で乗組員達が貢物を盗み去ってしまい、責任者の北谷親方は
斬首の刑に処せられます。摂政であった具志川王子も辞職する事になりま
す。

以下は次号にて。

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■私も買って読んだ「コザにだかれて眠りたい」

 前回、お勧めサイトに掲載しました、TORAさんの本。
惹かれて、二年以上コザで一人で生活をした体験記的な本ですが、文自体
が面白く、一気に読んでしまいました。
一番感じたのは、コザと那覇の違い。私はコザに住んだことが無いので、
コザンチュについて詳しく知らなかったけど、なかなかディープなおも向
きのある街みたい。いままで、感じていた印象では、コザンチュは人なつ
こい人達、ファッションも那覇とは違ったコザスガイと簡単に思っていま
したが、そうか、けっこう難しい街なのかもしれない…と感じました。
でも、TORAさんのバイタリティー、コザに対する愛情の深さには感服。
機会が合ったらぜひお読みになる事をお勧めします。

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編集後記

 夏休み天気に恵まれず、今になってあちこちしています。
コザについて書きましたが、今、コザは商業地としてはピンチです。
メインストリートも貸し店が増え、商店街も人がまばら。中心になるはず
だったコリンザと言うビルも、経営難とのニュースが伝わってきます。
沖縄の現代史を語る上で、避けてとおることの出来ない沖縄市=コザ。
がんばってほしいものです。

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発行責任者:ナイチャー小林 sai@nirai.ne.jp メール歓迎!

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