大神島と海賊キッドの財宝
一番古くは河村只雄氏の著書「南方文化の探求」に1938年に書いた文章で、キャプテン・キッドの財宝について島の聖所になっている洞窟に財宝があると新聞で報道されたと触れているようですが、大きな騒ぎになったのは、それからしばらくした1960年代。
ロンドンタイムスがキッドの財宝に関する記事を載せ、 これをニューヨーク・タイムスが転載し、さらに日本では朝日新聞がニュースとして報じました。
そして1966年6月30日付沖縄タイムスは「海賊の財宝島に眠る?島民全滅の伝説と共に」 という財宝の隠し場所が大神島とした記事を掲載したそうですが、現在同社の過去記事は有料会員制なので確認はしていません。
その後、多くの人達が大神島に来て、立入禁止の場所も含めて探したそうですが、何も見つけられずに原因不明の病気になったり、それによる死者が出たりと祟りを受けたといいます。
*海賊・キャプテンキッド
17世紀半ばにスコットランドで生まれたウィリアム・キッドは、アメリカに移住して貿易船の船長になりました。
その妻の親族の資金をバックに有名な商人となったのですが、やがて海賊船を取締る役職につくことになりました。これは割の良くない仕事で、海賊を捕らえなければ乗組員に給料を払うこともできず、次第に一般の船まで襲うようになり彼自身が海賊になってしまいます。
そして東インド会社の商船クェダ・マーチャント号を襲い、ニューヨークに帰ったところを犯罪者として捕らえられて、1701年にロンドンで絞首刑になりました。
彼が
略奪した財宝の多くは、無人島や海岸の洞窟に埋めたと言われていて、実際活動拠点に近かったアメリカのガーディナーズ島や、カナダのオーク島では、彼が隠したといわれている宝物が見つかったそうで、宝はまだあると考える人が、今でも探しをしているそうです。
大神島のうわさ話
以前大神島に伝説というか、噂的に残っている話として、以前この島に海賊が来て、ほとんどの島民が殺されてしまい、隠れていた男女の子供だけが生き残って、その子孫が現在の島民の先祖であるというものがあります。
注意事項:この島も久高島と同じく神の島と呼ばれています。島から石一つ貝殻一つでも持ち出す事は出来ませんのでご注意ください。
幻の大神島一周道路
約20年前に大神島でも行政主導で一周道路が計画されました。ところが途中でブルドーザーの爪が折れたり故障をしたりしてルート変更をしたが、それでも工事関係者や島民が、原因不明の病気に次々とかかるなど異変が続いたために工事が中断されて関係者は撤収。行政が別の業者を指名しても工事を継続する事をせず、現在あるように行き止まりになった道路となってしまいました。
大神島の船の運賃
大神海運のニューかりゆすに乗り込んで、まず目に付くのが下の写真のパネルです。島に運び込む生活物資の運賃が、実に事細かに書かれていて、島の生活の一端を見るようで、すごく興味を惹かれました。 米10キロ70円、ジャガイモ10キロ70円、など。ある程度まとまっているという事は、商用についてという事かもしれません。その中に山羊大一匹800円、豚大一匹1600円、ミシン一台580円なども混じっていました。