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1967年の冬、沖縄本島の南部、具志頭村港川で崖の裂け目から数人の男女の人骨が発見されました。
これが、後に1万8千年くらい前のものとわかり、現在、港川人として有名になっています。
身長は皆低く、男性で155センチくらいでした。
これとは別に、那覇市内の洞窟から3万以上昔のものと思われる、女の子の人骨も発見されています。
ですから、かなり昔から今の沖縄に人々が生活していたと思われます。

定説では、約2万年くらい以前には大陸と沖縄近辺は陸続きだったと言われていますが、その時期は海底遺跡などの調査が進めば変わってくるはずで、より人々が沖縄にきた経路がはっきりするでしょう。
さて、沖縄の言伝えでは本島南部の久高島に、アマミキヨ(アマミク)と言う始祖にあたる神様が渡来して稲作等の文化をもたらしたとされ、後に玉城に渡り本島各地に足跡を残して、中部の浜比嘉島にお墓といわれるものが残っています。
久高島は現在でも沖縄発祥の地とされていて、神聖な神の島として特別視されています。この島は、イザイホーと言われる12年に一度の神事でも有名です。
又、つい最近架橋が完成して話題になった、北部の古宇利島には、アダムとイブの伝承に似た言伝えも残っていて、非常に興味深いものがあります。
そのほかにも事実かは疑問ですが、実際の確認されている王朝以前に、天帝という王族が何代か続いて沖縄を統治していたような記述のある歴史書も残っています。
私の知っている限りでは、沖縄が
他の国の歴史に登場したのは西暦610年、隋の役人が探検に来て帰国後に報告したのが最初です。
「流求人は勇敢であり、戦いに負けると和を乞い、戦死した仲間は収容して生き残ったものでその肉を食べる。」と言うような内容でした。
その事を、遣隋使が聞いて大和朝廷に報告したのが日本に伝わった最初の沖縄に関する情報です。
そんなわけで、最初に朝廷に届いた内容は、「流求は食人国」であると言うようなものでした。
ここで言われている流求という国名が現在の沖縄を指すものか、それ以外の地域を指すものかにも諸説があり、確定的ではありません。どちらにしても誤解しないでほしいのは、死んだ者を食べると、その人は食べた人の中で永遠に行きつづけると言う信仰は世界各地で見られ、古代中国、台湾でも有った習慣です。だから、単純に食人が野蛮な行為だったと言う事ではないので、念のために誤解の無き様。 |