マギーさんのレポート 投稿者:マギー -2008/11/24(Mon) 05:53 No.2144

日本の西果て(さいはて)与那国... 

ごぶさたしております。 昨日、日本の西果て(さいはて)与那国島に行ってきました。
ハイ、今回も日帰りです(笑)。
まずは、午前11時に東京から5時間、2112km離れた日本の西果て(さいはて)へ到達。台湾までは逆に111kmということで、天気のいいときは島影が見えるということでしたが、どこをどう見ても水平線のみでした。

次いで、海底遺跡なるものの上っ面をグラスボートみたいなやつで見ました。しかし、モーターから噴射されるあわでまともに見られず、数か所人為的に作られたようなへこみや傷があったようななかったような、という極めてビミョーなものでした。

きっと、ダイビングでないと、その魅力は分かりづらいと思います。



「Dr.コトー診療所」の舞台「志木那島診療所」。比川(ひかわ)地区という南部の集落にたたずんでいますが、前は外から見るだけだったこの建物に、300円の入場料を払いますが入れるようになりました。舞台のすみずみまでしっかり撮影をさせていただきました。




与那国島の女酋長と言われた「サンアイイソバ」が住んでいたとされる高台「ティンタハナタ」から、島の中心部・祖納(そない)地区を望む。




祖納地区の外れにある浦野墓地群。その中でもひときわ際立つ個人のお墓と噂の門扉。



与那国島の東端・東崎(あがりざき)周辺。
牛馬が放牧され、たまに道路にたむろっていたりします。
この日は、みんな草地でおとなしくしていましたけど。
最後は、与那国島の悲しい歴史の象徴とされる「久部良(くぶら)バリ」。
王朝からの税の搾取に苦しんだ与那国島。人を呼ぼうにも別名「渡難(どなん)」と言われた孤島。ついには、納税の基準単位とされた「人」そのものを減らす策を打たざるを得なくなりました。
ここ「久部良(くぶら)バリ」では、妊婦に2〜3mほどある岩の裂け目を飛ばせて、落っこちて死ぬことになるか(相当深かったです)、はたまた飛べても流産させられたという伝説が残っています。
また、別のところには「人升田(トゥングタ)」という同じく人減らしの象徴の場所も。ある日突然、この田んぼに集まるよう召集がかかり、その田んぼに入れなかった者は“淘汰”されたといいます。身体の弱い者やお年寄りなどがその犠牲になったようですね。



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京子さんのレポート 投稿者:京子 -2008/11/27(Thu) 16:20 No.2156


母の初沖縄 
先日は情報掲示板の車イスの件でお世話になりました。
1泊2日でゆっくり過ごしました。 少しだけご報告させて頂きます。

神戸発沖縄行きの飛行機に乗り、那覇空港の1階カウンター、バリアフリーセンターで2日間¥1500で予約しておきました、車イスを借りました。 その時にチェアウォーカーという冊子とフリーのクーポンつき沖縄詳細マップを頂ました。 レンタカー会社のご配慮で配車は空港の障害者用車両乗降場所でして頂き、とても助かりました。
車に乗り込み、お昼はあじゃずで沖縄ソバを食べましたが、母がとっても美味しいとお汁まで全部飲んでしまったのには驚きでした。
旅行に出られた開放感からか、とても楽しいようです。
おなかいっぱいになって、58号線を北上、途中トイレ休憩を入れながら16時過ぎにブセナテラスへ到着出来ました。
58号線沿いに米軍の基地がずっと続くのを見て驚いていた母でした、「これは沖縄の人怒るわぁ。」って何度も話していたのです。
また北上するにつれ、海が見えてきてその青色の綺麗さに驚きと喜びの何ともいえない声を出していましたね。
ブセナテラスでは高層階のオーシャンビューのお部屋をご用意してくださって、夕陽を堪能することが出来ました。
沖縄訪問3日前に、ブセナから、車イスの空きがないのですが、引き続きキャンセルがあればこちらに廻してくださると丁寧にメールをしてくださったのです。
こちらで車イスを用意することが出来たこと、また母の喜寿のお祝いで急遽沖縄行きが決まったこと等を返信しました。
夕食は母が色んなものを少しずつ食べたいと言うことでラティーダのビュッフェを。
ここで終了間際サプライズが!
母の喜寿のお祝いにオリジナルのデザートプレートをご用意くださったのです。
母も私もとっても感激、ウルル。。。
食事制限がある母ですが、嬉しくってあっという間に完食!写真も撮れずじまい。。。アハハ。
ホテルのご厚意に感謝し、ゆったりホテルで秋の夜を気持ちよく過ごすことが出来ました。
お部屋のトイレには手すりを、シャワーにはイスを、またバスタブには滑り止めのマットも用意してくださって非常に助かりました。
シャワーでも椅子に座ってゆっくり身体を洗うことが出来たと喜んでいました。

翌日も良いお天気に恵まれ、朝からグラスボートに乗ってお魚を見ました。 11時にチェックアウト、
許田から高速に入り南部へ向かいます。
途中、伊芸SAで休憩、大きな揚げたてサーターアンダギーをほおばり、お茶を飲んで軽い昼食です。
南部では最初どこに行こうか迷ったのですが、
私もまだ訪問していないところと言うことで、平和祈念公園へ。
車イス用の駐車場がわかりにくく、ちょっと手前の専用駐車場へ停めてしまいました。
往きは下り坂なので比較的楽でしたが、広い敷地なので最後はなかなか疲れました。
資料館に入りましたが悲惨な戦争の映像、写真、遺品などを見て、何とも言えない辛い気持ちが出てきました。
母はずっと無言で寂しそうに見ていましたが、昔を思い出していたのでしょうか。
資料館の中もバリアフリーになっていて車イスでも移動しやすかったですが、そのすぐ外では道の真ん中に小さな溝があったりで車イスのタイヤがはまったりとかありました。
あの細い溝はなんなのかなぁ。。。謎です。
 時間に余裕をもってレンタカー会社へ。
返車も最初は空港でとのことでしたが、時間的に混み合うことが予想される為、出来ればレンタカー会社の営業所の方が良いのではとお話があったので、それに従いました。
レンタカー会社到着後、車イスを送迎バスに載せてもらって空港へ。
 母に3階の待合イスで待ってもらい、私は1階のバリアフリーセンターへ車イスを返却しました。
その後、航空会社でもスムーズに車イスを借りられ、お土産を見て夕食を食べ、飛行機へと向かいました。
母の飛行機の乗りたい、沖縄の海を見たい、食べたことのない美味しいものを食べたいの希望を何とか叶えられたかな?という感じです。
家に着くまでずっと笑顔で、最後に「とても楽しかった、沖縄の海があんなに綺麗だなんて、ホテルも夢のようだった」と満足してくれたようでした。
お天気が良かったのも車イスには大きな味方となりました。
こちらのサイトの皆さんと沖縄の皆さんのおかげで楽しく過ごせました、有難う御座いました。


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マギーさんのレポート 投稿者:マギー -2008/12/23(Tue) 22:09 No.2172

久米島に行ってきましnnた 
12/20〜21の土日で久米島に行ってきました。
天気にも恵まれ気候もちょうどよく、今年最後の沖縄行きを無事“遂行”できました。

まずは、那覇に着いて久米島行きの飛行機搭乗まで2時間あったので、「豆腐屋食堂」で「豆腐屋御膳」1000円を堪能。
メインは、右下のゆし豆腐(いわゆる「おぼろ豆腐」)と思いますが、ほかにも豆腐の天ぷら、豆腐ハンバーグ、豆腐のさつまあげなど、完全な豆腐づくし料理で、豆腐とあなどっていたら、結構なヴォリュームでした。

次いで、久米島の重要文化財・宇江洲家の母屋。男女別/冠婚葬祭用の計3つの出入口があり、石積みの目隠し「ひんぷん」、日時を感じさせる渋い赤瓦……伝統的な沖縄建築の邸宅です。
3枚目は、島の北部にある「ミーフガー」。裂け目が「そんな形」をしていることから、安産祈願の聖地とされています。
4枚目は、不思議な光景を見られる「おばけ坂」。写真の奥に向かって、車輪が転がっていきます。ああ、動画をアップできないのが惜しい!
5枚目は、島の最高峰「宇江城岳」からの光景。
6枚目は、久米島…と橋でつながった奥武島(おうじま)にある「畳石」。亀の甲羅のような岩ですが、なぜか「亀石」じゃないんですね(笑)。
7枚目は、夕暮れのイーフビーチ。南に向かって撮影。
8枚目は、宿泊した「リゾートホテル久米アイランド」。陽が暮れると、急に空が曇ってきました。
9枚目は、ホテルでの夕食……とはいっても、すぐそばにあるコンビニ「Coco!」で買った「ちゃんぽん」380円、「ウインナー天ぷら」2本で120円、そしてペットボトルのさんぴん茶(147円)です。 この「Coco!」って、5年前に久米島に初めて24時間営業のコンビニができたときのコンビニで、そのときはたしか「ホットスパー」でした。
10枚目は、翌朝の朝食。ま、バイキングなんですけど。
11枚目は、今回の旅のメインでもある「はての浜」。天気は曇りがちでしたが、気候はちょうどよかったです。 うーん、でもやっぱり晴れ上がったほうがよかったかも(笑)。
12枚目は、はての浜ツアー後にホテルそばにある「亀吉」で昼食に食べた「サクナ御膳」1500円。サクナとは、別名「長命草」と呼ばれる野草。とはいえ、苦味なんかはほとんどなかったです。天ぷら、チャーハン、シーチキンとの白和えなどで食しました。
昼食後は、島の南部から西部に向かって山道をドライブ。13枚目は、島の南部・島尻地区にあった石墓。新しくできた陸橋(?)の脇にある海沿いの旧道に迷い込んだところ、発見しました。
断崖が続く久米島南部から西部。14枚目は、その中の奇岩「鳥の口」。鳥というより、ねじ回しのような、パックマンのような?
15枚目は、山道から見下ろした兼城地区。
16枚目は、山道の下にあった「アーラ浜」。ちなみに、山道から直接下っていく道もあったようですが、一度集落まで降りてから、海沿いにいままで来た方向を戻る羽目になりました。
17枚目は、兼城地区の沖にある「ガラサー山」の岩柱。「ミーフガー」と何気に対になっていたりします(笑)。
ここまで長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。 また、いっぱい写真を載せてしまってすいません(って、こんだけ載せといてよく言うよな、って感じですよね)。 最後の18枚目は、兼城地区のメインストリートを駆け抜けるランナー。この日は島内で「ふれあい駅伝大会」がとりおこなわれていました。たまたまランナーの写真が撮れたので、最後に載せて旅行記を終わりたいと思います。 それではみなさん、よいお年をお迎えください!

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