ice-manさんのレポート3
9月18日
今日はいよいよ沖縄市コザを目指す。
はじめはヒッチハイクするつもりだったが距離的に歩けるから、それを理由に歩いてみようと思った。
道路標識では7キロと表示されている。
左側の道路沿いはアメリカ軍の施設があるらしく高いフェンスに鉄条網が張りめぐらされている。
途中までは日影で良かったがそのうち街路樹もなくなり日射しに照らされかなり暑い。 コザ一歩手前のアメリカ人経営の中古車屋を通りかかると外国人が2人、中で話をしている。
その1人と目が合い「これ暑くないのか?」と自分の袖の辺をつかんで話しかけてくる。
すかさず自分は「日焼け防止」と答えるとどうやら納得したようだ。
コザに向かう方面の交差点の角に公園があり水道があったから一休みしていると、向こうにいた数人のホームレスらしき人々の1人が話しかけてくる。
「どこからきたのか?」
「いつこっちにきたのか?」など一通り質問されそれに答えると
「又18時頃においで、ビールをおごるよ、みんなで飲もう!」と誘ってくれた。
「気が向いたら」と曖昧に返事をする。
やはり以前世話になった彼のことがあったから少し警戒したのかもしれない。
丁度昼時なのでこの前来て食べられなかった中国料理の南京食堂に行く。 地元でもかなり有名なところらしい。開店してすぐなのに客が一杯いる。焼飯が美味しかった。
そして街の中を歩いてみる。あまり活気もなく本当にさびれているような感じがする。
街の一角にコミュニティーFMのラジオ局がある。
「FMチャンプラ」と言い、外からスタジオが見え生放送中だ。 久しぶりに大音量で音楽をきいてなんか安心して、自分の好きな曲をリクエストしたいと思いながら前にも来た食堂に寄って早めの夕食を取る。
メニューは「へちま味噌炒め」を食べる。どうやら沖縄で食べる炒め物は油っこいのが特徴らしい。
以前食べたなすの味噌炒めもかなり油っこかった。
そしてラジオに出すリクエスト曲を書く。 曲名だけではなく沖縄に来て感じたことなど、A4のコピー用紙に少し大きめの字と余白を入れて紙一杯に書く。
店のおばちゃんに「又来ます」と行ってFMチャンプラのある場所を目指し、スタジオ前に置いてあるリクエストボックスに投函する。
公園であった人に誘われた18時までは35分くらいしかないが、読まれることを信じてスタジオ前の脇で待つことにした。
しばらくして中からスタッフが出てきて紙を回収していく。 そして何曲か掛かった後に自分のが読まれた。 長い文章にも関わらずほとんどカットしないで読んでくれた。
そしてリクエスト曲がかかる。曲はTRF「WORLD GROOVE」。
竜ヶ崎のアパートを出発する前に聞いていた曲でそして1番好きな曲だ。
曲も中盤になりDJの声がバックで入り出し、名前も読まれた。
スタジオの中からも見える位置に移動して公園に行こうとしたらDJが本番中にも関わらず
「あなたがそうですか?」と話しかけてくる。
スタッフが出てきて 「Iさんですよね。これ当たりましたのでどうぞ使ってください」と言い、焼き肉レストランの3150円分の商品券を頂いてしまった。 そればかりか「DJにも挨拶してきてください」と促される。
スタジオに入るとイコライザーやパソコンなど機械が沢山ある。
中を見るのは初めてだったので緊張。そして長いCM中にDJと話し、そしてお礼を言う。
しかもなぜだか分からないが自分の前世も占ってもらった。そしたら自分は忠犬だったという。
「これからもがんばってください」と励まされ見送られる。
その足で昼間の公園を目指す。
昼間に話し掛けてくれた人が1人で待っていてくれた。
そして「ビールを買ってきな」と本当におごってくれた。 仲間の人も2人仕事から帰ってきたみたいだ。
その人達と一緒に飲む。 いろいろな話をする。なぜだかドル札も頂いた。
そして昼間とは別の公園で野宿する。
9月19日
昨日寝るのが遅かったにもかかわらず早くに目が覚める。
昨日みんなにあった公園に戻りバナナとお茶をごちそうになる。
バナナはそこら辺でなっていたものらしい。 売っているものよりとても甘い。 別れは悲しい。
握手を交わして出発する。 荷物もどことなく軽くなった気がして昨日よりはハイペースで北谷に着けそうな気がした。
途中の本屋でスカイメイトで使う写真を撮る。案の定あまり時間も掛からず北谷にはいることができ、無事安良波公園に到着する。 長いことここで野宿していたから、やはり居心地がいい。
しかし野宿も今日で終わり。
21日の飛行機に空席が多いらしいので21日に帰ることにする。
明日は民宿シモジョーに泊まる予定だ。 お土産も買わなければいけないしまだ結構やることがある。
なぜだか最後の野宿となるのに妙に眠い。
9月20日
今日は早い。 とにかく民宿シモジョーまで行かなければならない。
ヒッチハイクで行くつもりが、朝の混雑時に出くわしてできなさそうなことをさとり、ひたすら歩く。
しかしFMチャンプラでもらった焼き肉レストランに行こうという気持ちは捨てない。
焼き肉レストランがある所を目指して国道から一歩入るがかなり遠い。 帰りもちゃんと国道に戻れるか心配だ。それでも開店前に着くことができた。
近くの本屋で時間をつぶし開店と同時に入る。他に客はいない。
1時間30分の豪華なランチが始まる。 骨付きカルビはでかくてしかも食べにくい。ロース、カルビ、野菜を中心に食べる。 そしてデザートもしっかり食べる。ライチを食べるがあまりうまくはない。
とにかく吐き気がするほど食べた。
店を出ると激しく雨が降っている。台風が近づいているらしい。
今までの通り雨とは全く違い、小降りになったりはするがやむ気配がない。 小降りになったのを見計らって少しずつ歩き出す。思えば傘1本しか持ってきていなかった。 本当に軽い装備だ。
予想外の雨に何度も足止めを食らう。 それでも国際通りまで戻ることができた。
お土産は又後にすることにして、今は宿を目指す。 宿に着くと相部屋だと分かる。
6日ぶりにシャワーを浴びる。 髪も体も2回ずつ洗いさっぱりする。
部屋に戻ると同じ部屋の人がいる。 少し話をしてから自分は国際通りにお土産を買いに行く。
これだけ店が多いと買う方も困る。 名詞をくれる店に、割引券をくれる店に色々ある。
四苦八苦しながらもようやく買い終え、雨が降りそうだから早目に宿に戻ることにする。
途中沖縄そばを食べる。蒲鉾以外はうまい。
宿に帰ると下の居間のような所で泡盛の振舞酒が始まっている。
「荷物置いたら話しに来な」と言われ自分も降りていく。
泡盛の水割りに、ピーマンを焼いて鰹節で和えたもの、チーズが入ったサラダ、ゴボウのマヨネーズと七味和えのようなものが出ている。
宿代2000円で儲かるのかと思うくらいである。
話しが盛り上がり、消灯時間の0時を超過し、2時30分頃に就寝。
9月21日
今日もとにかく朝早くに起きる。
同部屋の人とTVで台風情報を見て帰りの飛行機をどうするか相談。 そして各航空会社に問い合わせて空席状況と東京まで行けるか聞いてみる。 空席の方はかなりあり、スカイメイトでも充分乗れるらしい。天気の方も台風が停滞しているおかげで今の所欠航はないらしい。
それでも早目に台風が来る沖縄から脱出しようと7時に宿を出て8時20分の便に乗ろうと思う。
宿を出て大通りに出てタクシーをひろい空港まで行く。
空港に着きスカイメイトの会員になり8時20分の便を取る。 自動チェックイン機で座席のリクエスト。
もちろん窓側を選択する。
搭乗にはまだ時間がありそうなので朝食を食べて待合所で待つうちに 搭乗が始まる。結構空席が多い。
8時35分離陸。眼下には野宿するはずだった空港南にある瀬長島が見える。
天気が悪くて海にさほど透明度はないがそれでもきれいだ。
離陸から2時間、羽田空港に到着。
そして無事に家に帰宅した。
エピローグ
今回の旅は色々なことが偶然に重なって実現した旅だった。
1番反省すべきことは野宿に必要なだけの装備を持っていなかったと言うことだ。 他の旅行者を見てもやはり重装備で何が起きてもいいような構えができていた。 それに怪我したときの医療品や多少の薬、万が一に備えて保険証のコピーなど自分の生死に関わることを最もおろそかにしてしまった。
自分でもよく無事に帰れたと思うくらい無茶をしていたと思う。
今回の旅も沖縄本島を全て周ることはできなかった。 今度沖縄に行くときは自転車で周りたい。
そうすれば多少荷物が増えても大丈夫だし、車よりゆっくりで、歩くよりは速く周ることができるので北部の方にも足を伸ばせる。 だから今度は自転車を使ってみたい。
それから自分が思っていた以上に沖縄は複雑である。
「アメリカ軍があるから今の自分達がいる、感謝している」 という人も少なくないみたいだ。
それに沖縄はやっぱり1つの国。日本の中の国。それは今でも変わらない。
きっとこれからもそう言う意識は変わらないと思う。
行ってみたい所、偶然見つける何かを発見しに又沖縄に行きたい。
羽田(東京)について感じたことはとにかく人間の動きが早いと言うことだった。
沖縄では本当にゆっくり時が流れるように何も気にならなくなる。 都会にはそんな空気は感じなかった。 沖縄に行って将来のことも前向きに考えることもできたし、勇気が出た。
そして良いところも嫌なところも今まで以上に沖縄を好きになることができた。
そして1人で旅をして自信がついた。 又旅はいいものだと改めて感じた。
又必ず行く 「沖縄」と言う島へ…。 END