以前天久と呼ばれ、米軍から返還されてしばらくの間は荒れ放題の草原だった那覇市街からさほど遠くない場所が、新都心として開発されています。
大型のショッピングセンターが並び、県立博物館もこの地に移転。その周辺にはマンションが林立し、地名もおもろ町と変更されました。
そのメインストリートの一番端にデューティーフリーショッパーズの大型店がありますが、ほぼその向かいに小さな丘があります。
今は上水道のタンクがあり、それを取り囲むように公園が出来ていて、戦争があったという歴史的事実を書いたプレートが一枚だけ置いてあります。

沖縄戦の時には激しい戦闘が行なわれ、アメリカ軍が2600名以上の戦死者を出し、1300人前後の精神疲労者出した悲しい場所でもあります。アメリカ人はここをシュガーローフと呼んでいました。
言うまでも無く、日本軍、沖縄住民の死傷者も多数にのぼりましたが、正確な戦死者の数の記録がなく、今では 覚えている人も少なくなったようです。
普段は訪れる人もほとんどいなくて、強い風が吹くだけの静かな場所。
新都心に行く機会があったら、ちょっとだけ寄って、その場所で不本意な死をむかえざるをえなかった戦士達の冥福を祈ってあげてくださいね。
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